全国のSGHに指定された各高校の精鋭が集まり、
時間をかけて準備されたそれぞれの想いのつまった発表、
そして審査員の大学教員からのシャープな質疑応答が繰り広げられていました。
来場者数は2500人にも上ったそうです。
そして審査員の大学教員からのシャープな質疑応答が繰り広げられていました。
来場者数は2500人にも上ったそうです。
SIS12年の富山ももさんが
研究成果プレゼンテーションの部で
「日本語プレゼンテーション 最優秀賞」
精鋭の集まる全国大会で、栄誉ある、日本一の賞に輝いた富山さん。
どんなふうに学び、研究をしてきたのでしょうか。
4月からは大学生として国際関係学を学ぶ富山さんに
SISでの学びについて、寄稿いただきました。
Good luck!
Good luck!
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「SGH学習を通して」
12-3-19 富山もも
先日行われた、SGH甲子園にプレゼン部門で参加しました。甲子園では全国のSGH校から選考で選ばれた25校が15分のプレゼンを英語か日本語で行うことができます。私は日本語で出場しありがたいことに最優秀賞をいただきました。SGHを通してたくさん学び、SISの集大成だったなと思うのです。
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| 無料診断をしている様子 |
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| 公立病院の様子 |
私がSGHを始めたのは10年生で、11年生の夏にカンボジアにボランティアに行くことは決まっている状態でした。その時は、SGHと後で関連づける経験ができたらいいなと思う程度でまさかSGHでカンボジアの事についてするなんて考えてもいませんでした。そこでのボランティアというのは、スラム街のコミュニティを何カ所も回って簡単な診断と無料の薬配布を行うものでした。そこで私は多くの方が持っている「プアカード」という無償で医療を受けるカード(後々調べるとHealth Equality Fundsと呼ばれる貧困層向けの保険制度でした)があるのに、病院には行かないと言っていたことが気になっていました。さらに毎日同じ子供に消毒し親に説明をしても、次の日にはドブで遊ばせ化膿しているという事もありました。スラム街にいる人たちは私たちの医療とも呼べないような活動にも依存していて、そもそも彼らに医療知識がなければ私たちの活動は意味のない活動にさえ思えました。そうしてモヤモヤを感じたまま4週間を終えました。
行政的アプローチでフィールドスタディーに参加した際基本的には教育や食料などの支援の話を聞いていて、医療支援は教育支援などと違う点に気がつきました。全国民に関わる医療は国内のシステムがあることが前提のため、外部からの「善意の提供」では何も変化は生まれず、高い依存を生んでしまうだけなのです。そう考えていた矢先に読んだ本が、『「病院」がトヨタを超える日』でした。そこに書かれていたのは、ソーシャルビジネスで医療問題を解決するという新しい支援のあり方でした。その当時行政的アプローチで考えていた私にとってソーシャルビジネスは、利益循環のいい新興国でビジネスを行うための口実に見えたという反面で、ずっともやもやしていた与えるだけの医療への不満にピタッと合致しました。まずそこが一つ目の私のやる気スイッチが入った瞬間です。私と同じように考え、ビジネスを始めようとしている日本人がいるんだと知りました。本に書かれていた病院のホームページのお問い合わせフォームを通してすぐにアポを取りました。院長は若く心優しい方で話を聞いた後に、スカイプで質問に応じてくださいました。私はインタビューを基に思ったまま初稿を仕上げましたが、メンターの野島先生に感情に流されすぎで紹介文のようだと言われました。今思うとそこに足りなかったのは客観性とそこを根拠づけるデータでした。さらなる文献をと思いましたが、医療の支援というものがそもそも日本では活発な分野ではなく、圧倒的に他の分野よりも少なく資料を見つけるために何度も関学の図書館へ入り浸りました。あまりにも前に進まず、小手先で終わらせようと何度もしましたが小手先で終わらせようにも終わらせられないほど文献が足りませんでした。そこからメンターの野島先生にアドバイスをもらい、とりあえず論文を仕上げることができました。そうしてひと段落終えたことに満足していたのですが、機会があって関学の村田俊一ゼミに参加し村田俊一先生をはじめゼミ生や時任先生にSGHのポスター発表を見てもらいました。国際機関で様々な支援を見てきた先生方にとって、ビジネスによる支援という点でそもそもおかしいのではないかといった内容のご指摘をいただきました。そこでボロボロに言われ、伝えたいことさえ根拠がなくうまく伝えられなかった経験がまた私のやる気スイッチを入れました。その場で次の夏休みにカンボジアにインタビューへ行くことを決め、帰りの電車でメンターの予約をしました。
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| インタビュー調査で訪れた病院 |
カンボジアでは病院スタッフのカンボジア人の通訳の方についてもらい、患者さんや医者・看護師の方々にインタビューを行い、ますますカンボジア医療の問題点を知ることになりました。いつも海外の病院ばかりで初めてカンボジアの病院にくる50代のおばさんがいたり、人生で初めて病院にくる方にも出会いました。1年前に訪れたスラム街へは、前年知り合ったカンボジア人看護師に通訳をお願いして連れて行ってもらいました。そこでは1年前聞けなかった質問ができました。一番驚きだったのは彼らの7割は薬局と病院の違いが分かっていない事でした。リサーチを終え日本へ帰ってきましたが、その時点では私のSGHの授業は終わってましたから正直行ったのはいいもののどうしようか悩んでいました。そこで、津高先生に誘ってもらったSGH甲子園に出ることに決めました。そこから面白いくらい一気に論文が変わりました。最終稿からはリサーチクエッションも変えましたし、内容も半分は消去しました。週に1度の2.30分の津高先生との放課後セッションで今までやっていたのが内容が薄く感じるくらい、濃い内容のものが2ヶ月で完成しました。
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| SGH甲子園で最優秀賞の盾ともに |




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